交通事故、特に追突事故にあった時や、スポーツ中に強い衝撃を受けた後、「その時は大丈夫だと思ったのに、数時間経ってから首が痛くなってきた…」という経験はありませんか?
首の痛みや動きにくさ、頭痛といった、時間差で現れるつらい症状の多くは、「むち打ち損傷」、正式には「頸椎捻挫(けいついねんざ)」と呼ばれるケガによるものです。
むち打ち損傷は、見た目に分かりにくいため、周囲に理解されにくかったり、「時間が経てば治るだろう」と軽く考えてしまったりすることもあるかもしれません。
しかし、適切な対処をしないと、症状が長引いてしまう可能性もあります。
この記事では、看護師の視点から、むち打ち損傷がどのようなケガなのか、どんな症状が現れるのか、なぜ起こるのか、そして、もしむち打ちになってしまったらどうすれば良いのか、回復のために大切なことについて、分かりやすくお伝えします。
むち打ち損傷(頸椎捻挫)ってどんなケガ?
むち打ち損傷とは、外部からの強い衝撃(例えば、停車中に後ろから車に追突される、スポーツ中に強く接触する、転倒するなど)によって、首(頸椎)がムチのようにしなって、本来の動きの範囲を超えて前後左右に強く揺さぶられることで起こるケガの総称です。
この時、頸椎を支えている靭帯(じんたい)や筋肉、腱(けん)、関節の袋(関節包)といった、骨以外の柔らかい組織(軟部組織)が、過度に引き伸ばされたり、部分的に損傷したりすることが、痛みの主な原因となります。
最も一般的なのは、これらの軟部組織が「捻挫」や「挫傷(肉離れのような状態)」を起こした状態です。
放っておかないで!むち打ちの主なサインと症状
むち打ち損傷の症状は、ケガをした直後よりも、数時間後、あるいは翌日以降になってから現れることが多いのが特徴です。
これは、ケガをした直後は体の防御反応や緊張で痛みが感じにくくなっていたり、時間とともに炎症や筋肉の硬直が進んだりするためと考えられています。
以下のような症状に心当たりがないか、注意して見てみましょう。
- 首の後ろや首筋の痛み、硬さ: 最も代表的な症状です。首を動かすと痛みが強くなったり、首が回しにくくなったりします。
- 頭痛: 後頭部(首の付け根のあたり)を中心に、重い感じやズキズキとした痛みが出ることが多いです。
- 肩や背中の痛み、こり: 首だけでなく、肩甲骨の間や背中にかけて、痛みや強いこりを感じることがあります。
- めまい、ふらつき: 立ち上がった時や、首を動かした時に、体がフワフラするようなめまいを感じることがあります。
- 吐き気: 気持ちが悪く、吐き気を伴うこともあります。
- 手や腕のしびれ、痛み、だるさ: 頸椎の近くを通る神経が刺激されることで、片側または両方の手や腕に、しびれや痛み、脱力感、だるさといった症状が現れることがあります。
- 耳鳴り、かすみ目、声枯れ
- 倦怠感、集中力の低下、不眠
これらの症状は、お一人おひとりによって現れる症状の種類や組み合わせ、程度が大きく異なります。ケガの原因となった衝撃の大きさだけでなく、ケガをした時の体の姿勢や、もともとの体の状態(首の柔軟性など)にも左右されます。
どうして起こるの?原因となる状況
むち打ち損傷の最も一般的な原因は、交通事故、特に後方からの追突です。
停車中の車に後から追突されると、体はシートベルトで固定されていても、頭と首だけが前に投げ出された後、急激に後ろへ反るというムチのような動きを強いられます。
この急激な動きが頸椎やその周りの組織に大きな負担をかけ、損傷を引き起こします。
その他にも、以下のような状況で発生することがあります。
- スポーツ中の接触や転倒: ラグビーやアメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツでの衝突、スキーやスノーボードでの転倒など。
- 高所からの落下: 頭や体に強い衝撃が加わった場合。
- 遊園地の乗り物など: 急な加速や減速、揺れが大きい乗り物でも起こることがあります。
ケガをしたらすぐ!まず病院へ行きましょう
むち打ち損傷の可能性がある、あるいは交通事故や強い衝撃を受けたけれど今は大丈夫、という場合でも、必ず医療機関(整形外科など)を早期に受診することをお勧めします。
なぜ、すぐに病院に行くことが大切なのでしょうか?
- 骨折や脱臼など、より重いケガが隠れていないか確認するため: むち打ち損傷だと思っても、実際には骨折や靭帯の断裂など、より専門的な治療が必要なケガが起きている可能性もゼロではありません。医師による診察と検査で、まずこれらを除外することが非常に重要です。
- 適切な診断と治療を早く開始するため: むち打ち損傷と診断されれば、症状を和らげ、回復を早めるための適切な治療やケアについての指導を早く受けられます。
- 症状の記録(特に交通事故の場合): 交通事故が原因の場合、医療機関でケガの状態を正確に記録してもらうことは、保険手続きなどのためにも非常に重要です。症状が遅れて出ることも考慮し、早めに受診しましょう。
看護師は、病院での受付から診察までの間で、あなたの症状やケガをした時の状況を詳しくお伺いしたり、医師に伝えるべき情報を整理したり、診察への不安を和らげたりするお手伝いができます。
遠慮なく声をかけてください。
むち打ち損傷の治療と回復への道のり
むち打ち損傷の治療は、ケガの時期と症状によって進め方が異なります。
【急性期(ケガ直後~数日/週)】
- 安静(ただし、しすぎない): 炎症が強い初期は、無理な動きを避け、安静にすることが大切です。ただし、必要以上にずっと寝ていたり、全く体を動かさなかったりすると、かえって回復を遅らせることがあります。医師の指示に従い、痛みのない範囲で少しずつ体を動かすことが推奨されることが多いです。
- 痛み止めや湿布: 痛みを和らげるために、医師から消炎鎮痛剤の飲み薬や湿布薬が処方されます。
- ソフトカラー(頸椎カラー): 症状が強い場合や、首を安定させる必要がある場合に、柔らかい首の装具(ソフトカラー)を使うことがあります。これにより首の動きが制限され、痛みの軽減につながります。ただし、長期間つけすぎると首の筋力が落ちてしまう可能性があるため、医師の指示された期間のみ使用することが大切です。
- 冷却または温熱: ケガの直後で炎症が強い場合は、患部を冷やす(アイシング)ことが有効な場合があります。急性期を過ぎて痛みが和らいできたら、血行を良くするために温める(ホットパックなど)ことが有効な場合もあります。どちらが良いか、いつから行うかは、症状や時期によって異なるため、医師や看護師に確認しましょう。
【回復期・慢性期(数週間~数ヶ月以降)】
- リハビリテーション(理学療法): 痛みが落ち着いてきたら、硬くなった首や肩の筋肉を柔らかくしたり、弱くなった筋肉を強くしたり、体のバランスを整えたりするためのリハビリテーションが非常に重要になります。理学療法士が、お一人おひとりの状態に合わせたストレッチや筋力トレーニング、姿勢の指導などを行います。
- 徐々に活動レベルを上げる: リハビリテーションと並行して、無理のない範囲で日常生活や仕事、運動へと徐々に活動レベルを戻していきます。
むち打ち損傷の回復には個人差があり、数週間で症状がかなり改善する方もいれば、数ヶ月かかる方、中には痛みが長引く方(慢性期)もいらっしゃいます。
焦らず、医療者と一緒に、ご自身の回復ペースに合わせて根気強く治療やリハビリに取り組むことが大切です。
つらい症状との付き合い方~セルフケアと日常生活の工夫~
病院での治療と並行して、ご自身の生活の中でできる工夫も、症状を和らげ、回復を助けることにつながります。
- 無理のない姿勢を保つ: デスクワークをする時やスマートフォンを見る時など、長時間うつむいた姿勢や、首に負担のかかる姿勢を避けましょう。こまめに休憩を挟み、首を軽く動かすことも大切です。寝る時の枕の高さなども、首が無理なくリラックスできるものを選んでみましょう。
- 適度な活動: 痛みが強い時は安静が必要ですが、回復期になったら、痛みのない範囲でウォーキングなど軽い運動を取り入れることも血行を良くし、筋肉の回復を助けます。ただし、痛みを我慢して無理に行うのは逆効果です。
- 温熱・冷却の使い分け: 症状や時期によりますが、慢性的なこりや痛みには温めるのが効果的な場合があります。お風呂にゆっくり浸かる、ホットタオルを使うなども良いでしょう。急性の炎症や強い痛みには冷却が有効なこともあります。どちらがご自身の症状に合うか試したり、医療者に相談したりしてみてください。
- リラクゼーションと休息: ストレスや疲労は、筋肉の緊張を高め、痛みを悪化させることがあります。十分な睡眠をとり、好きな音楽を聴く、軽いストレッチをする、深呼吸をするなど、心身をリラックスさせる時間を持つことも大切です。
- 痛みの記録: どんな時に、どのような痛みが、どれくらい続くかなどを簡単にメモしておくと、症状の変化を把握しやすく、医師や看護師に伝える際にも役立ちます。
むち打ち損傷について、よくあるご質問に看護師がお答えします
Q1: むち打ちの症状はどのくらいで治りますか?後遺症は残りますか?
A1: むち打ち損傷の回復期間は、ケガの程度、元々の体の状態、年齢、そしてその後の治療やリハビリにしっかり取り組めるかなど、様々な要因によって大きく異なります。 一律に「〇週間で治る」とは言えません。
- 軽症の場合: 首の痛みやこりが中心であれば、数週間から1ヶ月程度で症状がかなり改善し、ほぼ気にならなくなる方も多くいらっしゃいます。
- 中等度~重症の場合: 手足のしびれやめまいなど、症状の種類が多かったり強かったりする場合は、痛みが落ち着くまでに数週間かかり、日常生活や仕事に支障がなくなるまでに数ヶ月かかることも珍しくありません。
多くの方は適切なケアとリハビリによって回復に向かいますが、残念ながら、中には症状が長引き、数ヶ月、あるいはそれ以上にわたって痛みが残る方もいらっしゃいます(慢性期)。
これを「むち打ち後遺症」と呼ぶこともありますが、その原因は複雑で、痛みの原因となる変化だけでなく、精神的な要因なども絡み合っていると考えられています。
もし症状が長引く場合でも、諦めずに医療機関やリハビリテーションの専門家と連携し、痛みを和らげ、日常生活の質を維持・向上させるための方法を一緒に探していくことが大切です。
Q2: 症状が軽い場合でも、やはり病院に行った方が良いですか?
A2: 症状が軽くても、またケガの直後は大丈夫だと思っていても、必ず一度は医療機関(整形外科など)を受診することをお勧めします。
なぜなら、先述の通り、むち打ちの症状は時間差で現れることが非常に多く、ケガの直後の軽い症状が、後から強くなることもあります。
また、自己判断では分からない、骨折や靭帯の損傷など、より重いケガが隠れている可能性もゼロではありません。
早期に専門家に見てもらうことで、正しい診断を受け、もし重いケガであれば早期に適切な治療を開始できますし、むち打ち損傷であっても、今後の回復に向けた適切なアドバイスやケア方法を知ることができます。
特に交通事故の場合は、後々の手続きのためにも、早めの受診と医師による診断・記録が重要になります。
「念のため」の受診が、ご自身の心身の安心と、その後のスムーズな回復につながります。
Q3: 痛い時は安静にした方が良いですか?いつから動かして良いですか?
A3: ケガをした直後や、痛みが非常に強い急性期には、無理な動きを避けて安静にすることが大切です。動かすことで損傷を広げたり、炎症を悪化させたりするのを防ぐためです。
ただし、必要以上に長く安静にしすぎると、筋肉が硬くなったり弱くなったりして、かえって回復を遅らせることがあります。 痛みが少し落ち着いてきたら、医師や理学療法士の指導のもと、痛みのない範囲で少しずつ首や肩を動かしたり、軽いストレッチを行ったりすることが推奨されます。
いつからどの程度動かして良いか、どのようなリハビリを始めるかは、ケガの重症度や回復の段階によって異なります。自己判断せず、必ず医療機関で指示を受けて、無理のない範囲で、段階的に活動レベルを上げていくことが重要です。
少しでも痛みを感じたら、無理はしないようにしましょう。
Q4: むち打ちの予防はできますか?
A4: 予測できない事故などによるむち打ちを完全に防ぐのは難しいですが、リスクを減らすための対策はあります。
車に乗る際は、シートのヘッドレストを自分の頭の真ん中あたりに来るように適切に調整することが、追突された際の首への衝撃を和らげるのに有効です。
スポーツをする際は、競技の特性に応じた正しいフォームや、衝突時の体の使い方について指導を受けることも大切です。
また、日頃から適度な運動やストレッチで首や肩周りの柔軟性を保ち、体の筋力を維持しておくことも、ケガをしにくい体づくりにつながります。
ただし、過度なストレッチや筋力トレーニングは逆効果になることもあるので、専門家に相談しながら行いましょう。
最後に
むち打ち損傷は、目に見えにくいだけに、ご本人にとっては非常につらいケガです。
もし、あなたがむち打ちになってしまったかもしれない、あるいは周りの方が悩んでいるとしたら、一人で抱え込まず、医療の専門家を頼ってください。
早期に適切な診断を受け、ご自身の体の声に耳を傾けながら、焦らずに回復へのステップを進んでいくことが大切です。医療機関では、痛みのコントロール方法、日常生活での工夫、リハビリテーションなど、あなたの回復を様々な面からサポートすることが可能です。
つらい時も、どうかご自身を責めず、根気強く向き合っていきましょう。
出典
- 日本整形外科学会 外傷性頚部症候群:https://www.joa.or.jp/public/sick/condition/whiplash_injury.html
- 千葉メディカルセンター 首の障害:https://www.seikeikai-cmc.jp/ssmt/break/neck/