肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれるように、病気が進行するまで自覚症状が現れにくいという特徴があります。
そのため、気づいた時には病状が進行していたというケースも少なくありません。
肝臓がんは、日本人の罹患率も高いがんであり、注意が必要です。
この記事では、肝臓がんの初期症状から最新の治療法、そして予防までをわかりやすく解説します。
肝臓の役割:生命維持に不可欠な多機能臓器
肝臓は、成人男性で約1.2~1.5kg、成人女性で約1.0~1.3kgと人体で最も重い臓器の一つです。
腹部の右上に位置し、生命維持に不可欠な多くの機能を担っています。主な働きは以下の通りです。
- 代謝: 摂取した栄養素(糖質、脂質、タンパク質)の分解・合成・貯蔵、有害物質の解毒を行います。
- 胆汁の生成・分泌: 脂肪の消化を助ける胆汁を生成し、胆管を通して十二指腸へ分泌します。
- 血液の貯蔵: 血液を貯蔵し、必要に応じて血流に供給します。
- その他:免疫機能、血液凝固因子の生成など
肝臓がんとは:原発性と転移性、そして肝細胞がん
肝臓に発生するがんは、肝臓自体から発生する原発性肝がんと、他の臓器のがんが血液やリンパの流れに乗って肝臓に転移して発生する転移性肝がんの2種類に大きく分けられます。
一般的に「肝臓がん」という場合は、原発性肝がんを指します。
原発性肝がんの大部分(90%以上)は、肝臓を構成する細胞である肝細胞から発生する肝細胞がん(HCC)です。
その他、肝臓内の胆管から発生する肝内胆管がん(ICC)、肝細胞がんと肝内胆管がんの両方の性質を持つ混合型肝がんなどがあります。
この記事では、特に頻度の高い肝細胞がんを中心に解説します。
肝臓がんのリスク要因:ウイルス性肝炎、生活習慣との関連
肝臓がんの主なリスク要因は、B型肝炎ウイルス(HBV)およびC型肝炎ウイルス(HCV)の慢性感染です。
これらのウイルスに感染すると、慢性的な肝臓の炎症が続き、肝硬変を経て肝臓がんに至るケースが多く見られます。
その他、以下の要因も肝臓がんのリスクを高めるとされています。
- 肝硬変: 肝臓の慢性的な炎症によって肝細胞が破壊され、肝臓が硬くなる病気。肝臓がんの発生母地となることが多いです。
- アルコール性肝障害: 長期にわたる過度の飲酒は、肝臓に負担をかけ、肝臓がんのリスクを高めます。アルコール性肝硬変からの肝臓がん発生も少なくありません。
- 非アルコール性脂肪性肝炎(NASH): 肥満や糖尿病などの生活習慣病と関連が深く、肝臓に脂肪が蓄積し、炎症を起こす病気。肝硬変を経て肝臓がんに至る可能性があります。
- 自己免疫性肝炎: 免疫の異常によって肝臓が攻撃される病気。
- その他:喫煙、特定の化学物質への曝露、一部の先天性疾患など
肝臓がんの症状:初期は無症状、進行すると現れる兆候
肝臓がんは、初期段階では自覚症状がほとんどないため、「沈黙の臓器」と呼ばれています。
しかし、がんが進行すると、以下のような症状が現れることがあります。
- 右上腹部の痛みや不快感
- 腹部のしこり
- 黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)
- 食欲不振
- 体重減少
- 全身倦怠感
- 発熱
- 吐き気・嘔吐
- 腹水(お腹に水がたまる)
これらの症状は、肝臓がん以外の病気でも見られるため、自己判断せずに医療機関を受診することが重要です。
特に、B型・C型肝炎ウイルス感染者、肝硬変の方、多量の飲酒をされる方は、定期的な検査を受けることを強くお勧めします。
肝臓がんの検査と診断:早期発見が鍵
肝臓がんの早期発見には、定期的な検査が重要です。主な検査方法は以下の通りです。
- 腹部超音波検査(腹部エコー検査): 超音波を用いて肝臓の状態を観察する検査です。簡便で体への負担が少ないため、スクリーニング検査として広く用いられています。腫瘍の有無や大きさ、肝臓の内部構造などを評価できます。
- 血液検査: 肝機能検査、腫瘍マーカー(AFP、PIVKA-II、AFP-L3分画など)などを測定します。腫瘍マーカーは、がんが存在すると数値が上昇することがありますが、肝臓がん以外の場合でも上昇することがあるため、画像診断と組み合わせて診断を行います。特に、AFP-L3分画は肝細胞がんの診断に有用なマーカーです。
- CT検査、MRI検査: 肝臓の詳しい状態や、がんの広がり、転移の有無などを調べる画像検査です。造影剤を使用する場合もあります。ダイナミックCT/MRIと呼ばれる造影剤を用いた撮影法は、肝臓がんの診断に非常に有用です。腫瘍の血流パターンなどを評価することで、肝細胞がんと他の肝腫瘍との鑑別に役立ちます。
- 血管造影検査: 肝臓の血管の状態を詳しく調べる検査です。治療方針の決定に役立つことがあります。
- 肝生検: 肝臓の組織を採取して顕微鏡で調べる検査です。確定診断に必要となる場合もありますが、出血などのリスクもあるため、慎重に判断されます。画像診断でほぼ確定診断が可能な場合は、肝生検を省略することもあります。
肝臓がんの病期(ステージ):進行度
肝臓がんの病期は、がんの進行度を示す重要な指標であり、治療方針を決定する上で不可欠です。
現在、肝臓がんの病期分類には、国際的に広く用いられているTNM分類と、日本肝癌研究会が提唱する肝癌取扱い規約に基づく分類が用いられています。
ここでは、TNM分類に基づいた病期分類の概要と、各ステージで現れやすい主な症状を説明します。
ただし、実際の診療では、これらの分類に加えて、肝機能の状態(Child-Pugh分類など)、腫瘍の数や大きさ、血管への浸潤の程度などを総合的に評価して治療方針が決定されることをご理解ください。
TNM分類の概要
TNM分類は、以下の3つの要素を組み合わせて病期を決定します。
- T(原発腫瘍): 肝臓におけるがんの大きさと広がり
- N(領域リンパ節): 肝臓周囲のリンパ節への転移の有無
- M(遠隔転移): 肝臓から離れた臓器への転移の有無
上記のT、N、Mの分類を組み合わせて、最終的な病期が決定されます。
以下に、各病期(ステージ)で現れやすい主な症状を示します。
肝臓がんのステージと主な症状(TNM分類に基づく)
以下ステージ毎の主な症状を記載していますが、ステージの確定には、画像検査や病理検査が不可欠です。
あくまで各ステージで「現れやすい」症状としてご理解ください。
ステージI期
- ほとんど無症状であることが一般的です。
- ごくまれに、以下のような軽微な症状が現れることがあります。
- 腹部の違和感
- 食欲不振
- 倦怠感
- 右上腹部の軽い痛み
これらの症状は、他の消化器系の疾患でも見られるため、注意が必要です。
健康診断などで偶然発見されるケースも少なくありません。
ステージII期
- I期と同様に無症状のことが多いです。
- 腫瘍が大きくなるにつれて、以下のような症状が現れる可能性があります。
- 右上腹部の鈍痛
- 腹部膨満感
- 食欲不振が続く
この段階でも、症状は比較的あいまいなことが多く、発見が遅れることがあります。
ステージIIIA期
- 症状が現れやすくなります。
- 持続的な腹痛(右上腹部が多い)
- 食欲不振の悪化
- 体重減少
- 腹部にしこりを触れることがある
これらの症状が現れた場合は、速やかに医療機関を受診することが重要です。
ステージIIIB期
- 腫瘍がさらに進行し、周囲の臓器に浸潤している状態です。
- 上記の症状に加え、
- 黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)
- 腹水(お腹に水がたまる)
- 吐き気・嘔吐
- 腹部全体の痛み
などの症状が現れることがあります。
ステージIIIC期
- リンパ節への転移が見られる状態です。
- 上記の症状に加え、
- 首や脇の下などのリンパ節の腫れ
などが現れることがあります。他のステージの症状と重複する場合が多いです。
ステージIV期
- 遠隔転移(肝臓以外の臓器への転移)が見られる状態です。転移先の臓器によって様々な症状が現れます。
- 肺転移:咳、血痰、呼吸困難
- 骨転移:骨の痛み、病的骨折
- 脳転移:頭痛、神経症状
- 腹膜播種:腹水、腹痛、便秘、腸閉塞症状
肝機能の低下も進行し、黄疸、腹水、肝性脳症(意識障害など)といった症状が現れることもあります。
肝癌取扱い規約
日本肝癌研究会による肝癌取扱い規約も、肝臓がんの病期分類に用いられます。
この規約では、腫瘍の数、大きさ、脈管侵襲、リンパ節転移などに加えて、肝機能予備能(Child-Pugh分類)も考慮して病期が決定されます。
より詳細な情報は、日本肝癌研究会のウェブサイトなどで確認できます。
肝臓がんの治療:集学的治療と最新の治療法
肝臓がんの治療は、がんの進行度(病期)、肝機能、患者さんの全身状態などを考慮して、最適な治療法が選択されます。
単一の治療法だけでなく、複数の治療法を組み合わせた集学的治療が行われることもあります。
主な治療法は以下の通りです。
- 手術療法(肝切除): がんを切除する治療法。肝機能が良好で、がんが肝臓内に限局している場合に適応となります。肝切除には、部分切除、区域切除、葉切除などがあり、がんの大きさや位置、肝機能の状態によって適切な方法が選択されます。腹腔鏡手術やロボット支援手術など、体への負担が少ない手術方法も選択肢となっています。
- 局所療法: がんのある部分に直接治療を行う方法です。
- ラジオ波焼灼療法(RFA): がん組織に針を刺し、ラジオ波で熱を加えてがん細胞を死滅させる治療法。腫瘍径が3cm以下、個数が3個以下の場合などに有効です。
- マイクロ波凝固療法(MWA): マイクロ波を用いてがん細胞を凝固壊死させる治療法。ラジオ波焼灼療法と同様に、腫瘍径が小さい場合に有効です。
- 経皮的エタノール注入療法(PEIT): がん組織にエタノールを注入し、がん細胞を壊死させる治療法。腫瘍径が小さい場合に有効です。
- 肝動脈化学塞栓療法(TACE): がんへ栄養を送る肝動脈にカテーテルを挿入し、血管を塞栓して血流を遮断し、抗がん剤を注入する治療法。腫瘍が多発している場合や、肝機能が低下している場合などに選択されます。最近では、薬剤溶出性ビーズを用いたTACE(DEB-TACE)も行われています。
- 薬物療法: 分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などが用いられます。近年、免疫チェックポイント阻害薬を含む薬物療法は、進行肝がんの治療において重要な役割を担っています。
- 分子標的薬: がん細胞の増殖に関わる特定の分子を標的とした薬です。ソラフェニブ、レンバチニブなどが使用されます。最近ではレゴラフェニブ、ラムシルマブなども使用されることがあります。
- 免疫チェックポイント阻害薬: 免疫細胞ががん細胞を攻撃する力を高める薬です。ニボルマブ、ペムブロリズマブに加え、イピリムマブとニボルマブの併用療法なども行われています。
- 放射線療法: 放射線を用いてがん細胞を死滅させる治療法。疼痛緩和などの目的で用いられることがあります。近年では、体幹部定位放射線治療(SBRT)など、より高精度な放射線治療も行われています。
- 肝移植: 肝機能が著しく低下している場合や、特定の条件を満たす場合に選択される治療法です。
肝臓がんの予防:ウイルス感染予防と生活習慣改善
肝臓がんの予防には、以下の点が重要です。
- B型・C型肝炎ウイルスの感染予防: B型肝炎はワクチンで予防できます。C型肝炎は早期発見・早期治療が重要です。肝炎ウイルス検査を受け、感染が判明した場合は適切な治療を受けることで、肝臓がんのリスクを低減することができます。
- 過度の飲酒を避ける: 過度の飲酒は肝臓に負担をかけ、肝臓がんのリスクを高めます。節酒を心がけましょう。
- バランスの取れた食生活: バランスの取れた食事を心がけ、肥満を予防することも重要です。
- 非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)の予防: 肥満や糖尿病などの生活習慣病を予防・改善することで、NASHのリスクを低減し、ひいては肝臓がんのリスクを低減することができます。
出典
- 国立がん研究センター がん情報サービス「肝臓がん」(https://ganjoho.jp/public/cancer/liver/)
- 日本肝癌研究会 (https://www.jsh.or.jp/)
- 肝癌診療ガイドライン(日本肝臓学会)
肝臓がんは、早期発見・早期治療が非常に重要な病気です。
定期的な検診を受け、気になる症状があれば早めに医療機関を受診するようにしましょう。
この情報が、皆様のお役に立てれば幸いです。
ご自身の健康状態についてご心配な場合は、必ず医療機関を受診し、医師にご相談ください。