「まさか、こんなことで…」
ちょっとした段差につまずいた、夜中にトイレに行こうとしてよろけた。
そのわずかなきっかけが、高齢者の生活を大きく変えてしまうことがあります。
それが、大腿骨頸部骨折です。
「もう、歩けないかもしれない…」
「家族に迷惑をかけてしまう…」
激しい痛みとともに押し寄せる不安。
しかし、決して絶望しないでください。
早期の適切な治療と、諦めないリハビリテーションによって、再び自分の足で歩き出すことは十分に可能です。
この記事では、高齢者にとって身近な大腿骨頸部骨折について、その症状、原因、手術の種類、そして再び歩くための希望となるリハビリテーションの道のりを、看護師の視点から、あなたの不安に寄り添いながら、丁寧に解説します。
高齢者の骨折、他人事じゃない:大腿骨頸部骨折とは
大腿骨頸部骨折(だいたいこつけいぶこっせつ)は、太ももの骨である大腿骨の、骨盤と連結する部分のすぐ下にある、くびれた部分(頸部)が折れてしまう骨折です。
骨粗鬆症が進行した高齢者にとって、この部分は非常にもろくなっており、軽い転倒や、場合によっては尻もちをついた程度のわずかな衝撃でも骨折してしまうことがあります。
この骨折は、激しい痛みと歩行困難を引き起こし、日常生活に大きな支障をきたすだけでなく、寝たきりの原因となることも少なくありません。
しかし、早期に適切な治療を開始することで、多くの方が再び元気な生活を取り戻しています。
早期発見が鍵:大腿骨頸部骨折の典型的な症状
もし、高齢のご家族が転倒し、以下のような症状を訴えている場合は、大腿骨頸部骨折の可能性を疑い、すぐに医療機関を受診してください。
- 耐えがたい股関節の痛み:
- 転倒直後から、股関節の付け根あたりに激しい痛みが生じます。体を動かそうとすると、さらに痛みが強くなります。
- 歩行困難・起立不能:
- 骨折した側の足に体重をかけることができず、立ち上がることや歩くことができません。
- 特徴的な足の変形:
- 骨折した側の足は、伸ばしたまま動かせず、足先が外側に開いたような状態(外旋位)になります。
- 仰向けに寝た状態で両足を比べると、骨折した側の足が短く見えることがあります。
- わずかな動作でも激痛:
- 寝返りを打つなど、わずかな動きでも股関節に激しい痛みが走ります。
これらの症状は、大腿骨頸部骨折の典型的な兆候です。自己判断せずに、専門医の診察を受けることが重要です。
なぜ高齢者に多い?大腿骨頸部骨折の主な原因
大腿骨頸部骨折は、なぜ高齢者に多いのでしょうか?その主な原因は、以下の2つに集約されます。
- 骨粗鬆症の進行:
- 加齢とともに骨密度が低下し、骨がもろくなる骨粗鬆症は、高齢者の大腿骨頸部骨折の最大の要因です。特に女性は、閉経後に骨密度が急激に低下するため、注意が必要です。
- 転倒リスクの増加:
- 高齢になると、筋力低下、視力低下、平衡感覚の衰え、服用している薬の影響など、様々な要因が重なり、転倒しやすくなります。住環境のちょっとした段差や滑りやすい床も、転倒のリスクを高めます。
もちろん、まれに交通事故などの強い外力によって、若い世代でも大腿骨頸部骨折が起こることがあります。しかし、高齢者の場合は、日常生活の中の些細な転倒がきっかけとなることが多いのです。
折れた場所で治療が変わる:大腿骨頸部骨折の2つのタイプ
大腿骨頸部骨折は、骨折した部位によって、治療方針が異なる2つのタイプに分類されます。
- 内側骨折(関節包内骨折):
- 股関節を包む関節包という袋の内側で起こる骨折です。この部分は血液の循環が悪いため、骨が癒合しにくい傾向があります。
- 外側骨折(関節包外骨折):
- 関節包の外側で起こる骨折です。内側骨折に比べて血液の循環が比較的良いため、骨が癒合しやすい傾向があります。
骨折のタイプは、レントゲン検査やCT検査などの画像検査によって正確に診断されます。
再び歩き出すために:大腿骨頸部骨折の治療法
大腿骨頸部骨折の治療の基本は、早期の手術です。
手術によって痛みを軽減し、早期にリハビリテーションを開始することが、寝たきりを防ぎ、再び歩けるようになるための最も重要なステップとなります。
手術法は、骨折のタイプ、患者さんの年齢や活動レベル、全身状態などを総合的に考慮して選択されます。
- 外側骨折の治療:骨接合術
- 折れた骨を元の位置に戻し、金属製のプレートやスクリュー、髄内釘などでしっかりと固定する手術です。自分の骨が癒合する力を活かす方法で、比較的若い方や活動的な高齢者に行われることが多いです。
- 内側骨折の治療:人工骨頭置換術
- 骨折した大腿骨の頭の部分(骨頭)を取り除き、金属やセラミックなどでできた人工の骨頭に置き換える手術です。骨の癒合が難しい内側骨折や、早期の痛みの軽減、早期の歩行を目指す高齢者に行われることが多いです。
どちらの手術も、手術後は早期に痛みが軽減され、リハビリテーションを開始することができます。
希望への一歩:手術後のリハビリテーション
手術が無事に終わったら、次は再び自分の足で歩くためのリハビリテーションが始まります。
これは、早期の回復と社会復帰のために、非常に重要なプロセスです。
- 早期離床と起立練習:
- 手術後、比較的早期から、ベッドから起き上がったり、立つ練習を始めます。最初は、理学療法士のサポートを受けながら、徐々に体を慣らしていきます。
- 関節可動域訓練:
- 股関節や膝関節の動きをスムーズにするための運動を行います。これにより、関節が硬くなるのを防ぎます。
- 筋力強化訓練:
- 股関節周りの筋肉や、歩行に必要な足の筋肉を鍛える運動を行います。
- 歩行訓練:
- 歩行器や杖などの補助具を使用しながら、徐々に歩く練習を行います。平坦な場所だけでなく、階段や坂道なども練習します。
- 日常生活動作訓練:
- トイレ、着替え、入浴など、日常生活に必要な動作を安全に行えるように練習します。
リハビリテーションの期間や進め方は、患者さん一人ひとりの状態に合わせて調整されます。
焦らず、諦めずに、理学療法士や作業療法士などの専門家の指導のもと、積極的に取り組むことが大切です。
多くの方が、リハビリテーションによって再び自分の足で歩き、日常生活を取り戻しています。
大腿骨頸部骨折のQ&A
Q:高齢の家族が転倒して股関節を痛がっています。もしかして大腿骨頸部骨折?すぐにどうすればいいですか?
A:高齢の方が転倒後に股関節の痛みを訴えている場合、大腿骨頸部骨折の可能性は十分に考えられます。特に、激しい痛みで動けない、立てないといった場合は、すぐに救急車を呼ぶか、救急外来を受診してください。無理に動かすとかえって状態を悪化させる可能性があります。
Q:大腿骨頸部骨折の手術後、どのくらいで退院できますか?また、自宅で気をつけることはありますか?
A:退院までの期間は、手術の種類やリハビリテーションの進捗状況、患者さんの全身状態などによって大きく異なりますが、一般的には手術後1ヶ月~3ヶ月程度が目安となります。
自宅に戻ってからは、以下の点に注意が必要です。
- 転倒予防:滑りやすい場所には滑り止めマットを敷く、手すりを設置する、明るい照明にするなど、住環境を整えましょう。
- 無理のない範囲で体を動かす:医師や理学療法士の指示に従い、自宅でできるリハビリテーションを継続しましょう。
- 定期的な受診:医師の指示に従い、定期的な診察を受け、状態を確認してもらいましょう。
- 栄養バランスの取れた食事:骨の健康を保つために、カルシウムやビタミンDを 충분に摂取しましょう。
Q:大腿骨頸部骨折のリハビリは痛いですか?痛みを我慢してでも頑張るべきでしょうか?
A:リハビリテーションは、関節の動きを改善したり、筋力を回復させたりする過程で、多少の痛みを感じることがあります。しかし、無理に痛みを我慢して行うとかえって悪影響を及ぼす可能性があります。
痛みが強い場合は、理学療法士や医師に遠慮なく伝え、運動内容を調整してもらいましょう。痛みをコントロールしながら、安全かつ効果的にリハビリテーションを進めていくことが大切です。
Q:大腿骨頸部骨折を予防するために、家族ができることはありますか?
A:ご家族ができることはたくさんあります。
- 住環境の安全対策:段差の解消、滑りやすい場所への対策、手すりの設置、夜間の照明の確保などを行い、転倒のリスクを減らしましょう。
- 見守りと声かけ:高齢者の体調や歩行状態を定期的に確認し、不安な場合は付き添うなどしましょう。「無理しないでね」「ゆっくり歩いてね」といった声かけも大切です。
- 骨粗鬆症予防のサポート:バランスの取れた食事の準備、適度な運動の推奨、日光浴の促しなど、骨の健康を維持するためのサポートをしましょう。
- 医療機関への付き添い:定期的な健康診断や、骨粗鬆症の検査・治療への付き添いも重要です。
ご家族の協力と理解は、高齢者の転倒予防と、万が一骨折してしまった場合の早期回復にとって、大きな支えとなります。
Q:大腿骨頸部骨折の手術費用はどのくらいかかりますか?また、利用できる制度はありますか?
A:大腿骨頸部骨折の手術費用は、手術方法、入院期間、医療機関によって異なります。一般的には、数十万円程度かかることが多いです。
利用できる制度としては、以下のようなものがあります。
- 高額療養費制度:医療費の自己負担額が一定の上限を超えた場合、超えた部分が払い戻される制度です。
- 傷病手当金:一定の条件を満たす場合、休業期間中の所得の一部が支給される制度です。
- 介護保険サービス:退院後の生活に必要な福祉用具の貸与や、住宅改修の助成などが受けられる場合があります。
- 障害者手帳:骨折の後遺症により一定の障害が残った場合に、各種サービスや助成が受けられることがあります。
これらの制度については、医療機関のソーシャルワーカーや、お住まいの自治体の窓口にご相談ください。
看護師として伝えたいこと:高齢者の「まさか」が、生活を変えてしまうことがあります。早期発見と予防、そして諦めない気持ちが大切です
高齢者の大腿骨頸部骨折は、ご本人だけでなく、ご家族の生活にも大きな影響を与える可能性があります。
しかし、早期に適切な治療を受け、リハビリテーションを諦めずに続けることで、再び元気な生活を取り戻すことは十分に可能です。
どんな小さなことでも構いませんので、困ったことや心配なことがあれば、医療機関にご相談ください。
出典
- 日本整形外科学会 大腿骨頚部骨折:https://www.joa.or.jp/public/sick/condition/femoral_neck_fracture.html
- 高齢者運動器疾患研究所 大腿骨頚部骨折とは:http://www.oie.or.jp/html/disease/daitaikotsu.htm